昭和46年11月28日 特別奉修委員
何を見ても、何を聞いても有り難いと、こう言えれる。私は信心と云うのは、結局有り難くならせて頂く稽古なのですから、その有り難くならせて頂く、本気で稽古をやっぱりしなければいけないと思うですね。先程、井上さんのお届けを聞かせてもらいよったら、この頃ずっと此処、記念祭続きで、福岡の祈念祭を始め、そすと、幾つも、12345。5、6件あり、もう云う今現在、お勤めた所がありますね。
何処へ行っても、あの有り難うして有り難うして、有り難涙がこぼれたと云う話しをなさっとられますね。例えば、なら他所の記念祭に、まぁこれは勤めて、お付き合いで行くと云うのが、大体普通誰でもそうですけれどね。ですから、こりゃ合楽でおかげ頂いときゃ、合楽でなかにゃ出来んと言った様な事なんですけれども、井上さんの場合にはそうではなくて、兎に角開教満八十年という、赤い字で書いてあった、福岡の、それ見ただけで感動したと云う風に言っておられますね。
私は本当にあのう、私共がもう本当にこの頃は、あぁまぁ云うなら泣きべそになったと自分で思うんですけれどもね、本当に何を見ても、何を聞いても感動する。けれども有り難い事だと思うですね。涙が出る程有り難いと云うのですからもう、幸せのもう此処は本当に幸せと云う事はそんな事だと思うですね、何を見ても有り難いと云うのです。あそこ、あの東町教会なんかは、井上さん所すぐもう前後ろ裏表ですからね。
あそこはほれで愈々あの記念祭ね、御信者あちらの信者さん方が、道の草を取ったり色んな準備をしておられる、それをまぁ自分の家から眺められてもう、もうそれを見ても感動されるて。私もう本当に合楽では、あのほん教会の近所が賑やかになって、あの合楽銀座と言われると云う様な事を聞くと親先生が大変喜ばれるから、もう本当にあの、記念祭前に、自分方の、あの周囲を綺麗にすると云う事は、もう教会を綺麗にする事と同じ事という風に近い訳でしょう。
だから自分所の畑のあの、まぁあの木を摘むれたり、綺麗いにされたり、しながらもう本当に喜び一杯でそれをされたと言う、有り難いなぁこれは、あの井上さんが涙弱いからそうと言うのじゃなくて、やはりあの、何処にか神様のお心に何時も通う様なものを持っておられるんだと思うですね。私は本当に、いっちょうこんくらいな信心したら、だい、そんなに、あの、何を見ても、涙がこぼれるように有り難くなって来ると言う信心でなかにゃいけないと思うですね。
でそう言う、何処からそう云う物が生まれて来るだろうかと言う、所謂その、何と言うでしょうか 教団愛と言うか、教会愛と言うか。所謂金光様のご信心を頂いて、おるその金光様のご信心を、まぁ有り難い事、素晴らしい事を身に付けて行くと言う事なんですけれども、そこにあのね、例えば、この頃から、合楽のご信者方全部にあの、葉書が行っとりますでしょう。
あの、銀行の預金をしてくれと言うお願のね。それが実際は、まぁ数えるだけしかないと云う訳です。おそらく井上さんの所には行ってなかったと思うんですよね、あちらは銀行じゃから。銀行、あんご主人がるけん、取り合えずこの支店長を勤められると云うぐらいなんだから、あそこには云うならあぁ云う訳には行くまい。あの行くまいと云うので、恐らく茂さんあそこに、してなかったんですけども。
そう云う事を薄々聞かれてから、自分方も、どうかしておかげ頂かにゃおかげ頂かにゃと思うて。此の前の婦人会、研修会の時に、お届けがあっとりました。そしたら帰られたらあのご主人が、あの今日から何か野球の開演にわまらにゃんならんと云うて、けそけそとして、その行かれたと云う、そのご主人の、それに協力するのが、家内としては普通は当り前だけれども、それよりも。
やはり教会愛と云う物はもっと「愛」めでたものであり、もっとまぁ心情なものがそこにあるということがね、それでまぁ主人に対しては相済まんことだけれども、やはりこれこれのお金は、黙っまぁ「住友」銀行に。まぁさせ、預金させて頂こうと云う気持ちは、まぁ揺るがなかったと云う様な意味の事をお届けしておられましたが。そう云う様なものも、私はあの井上さんの信心を何時も有り難いものにしておるのじゃなかろうかと思うですね。ただ自分の言う事だけ。
願う事だけで一生懸命修行しよると云うのでは、私は差程な事でないと思うですね。人が助かる事の為にとか。又はあの教会愛と云うか、そう云う様な者がです、もうそうさせてもらわなければおられない者に、高められておると云う様な事がね。あの何を見ても有り難いと言った様な事の引き換えに成っておるのじゃないかと思うですね。所謂信心の焦点と云う事が、もう大変に大事な事と云う事が分かりますね。
ただ自分がおかげを受けなければならん為ならどげな修行でもする、と云う人がありますよ。ね、けれどもそれが人の為に修行をするとか、教会の為に少々の犠牲は、それをあの有り難く奉仕すると言った様な、そう云う心がけがね、益々井上さんを、まぁ有り難いものにして行くんだと云う風に、私は思いましたですね。お互いの信心に、一つ反省させて頂かんならん事だと思います。
どうぞ。